1. 背景および趣旨

韓国政府は、韓国株式市場が量的な成長にもかかわらず、主要国に比べ低評価(いわゆる「コリア・ディスカウント」*)を受けている状況を克服し、資本市場が一段階さらなる発展を遂げるためには、企業自らの企業価値向上への努力が重要であるという評価に基づき、次の事柄を基本方針とする企業バリューアップ・プログラムの運営を導入しました。

*企業が効果的に資本を活用できないことが主な要因の一つであると分析され、より具体的に(i)韓国株式市場のROEが主要国に比べ低いこと(=資本生産性が低い)、(ii)配当性向が低いこと(=株主価値の向上に向けた資本活用が不十分)、かつ(iii)その他の改善が必要な企業支配構造ないし少数の大株主の利益を優先視する傾向・文化等が指摘されます。

<基本方針>

◆ 上場企業における自発的な企業価値向上への努力の強化
◆ 投資家における市場再評価および投資への誘導
◆ 株主価値尊重企業が投資家らが選択を受けるよう積極的なサポート
➔ 企業価値の向上と株主価値尊重の文化が拡大出来るように、取引所および関連機関が「企業バリューアップ・プログラム」を引き続き補完/発展させる


2.  外国の参考事例‐日本の企業支配構造改善政策を中心に

政府は、日本の証券取引所が行った企業支配構造改善政策等の海外事例を参考にするものの、韓国市場の特殊性を反映し、企業バリューアップ・プログラムの具体的な案を発表し、ここで次のような日本取引所グループ(JPX)および東京証券取引所の企業支配構造改善政策について検討する必要があります。

2023年3月東京証券取引所は、グローバル投資家らの参入を誘導して市場の活性化を図るため、PBRが1以下のプライムとスタンダード市場の上場企業らを対象に、資本収益性と成長性を高めるため、日本版企業バリューアップ・プログラムである「資本コストや株価を意識した経営」の実践方針と具体的な履行目標を毎年公開するよう求めました。

東京証券取引所の提示する資本コストや株価を意識した経営(「日本企業バリューアップ・プログラム」)の主なプロセスは、次のとおりです。

  • 現況分析:自社のPBRとROEを的確に把握し、その内容と市場評価に関して、取締役会で現況を分析し評価を行います。このとき考慮すべき主な事項はWACC(加重平均資本コスト)、ROE、ROIC(投下資本利益率)、PBR、PER(株価収益率)、株価および時価総額等となります。
  • 改善計画の策定と開示:改善の方法とその目標、期間等の具体的な取組について取締役会で検討・策定し、当該内容を現況の評価とともに投資家に対して分かりやすく開示します。
  • 株主との対話促進・開示:取組みの計画に基づいて資本コストと株価を認識する経営を推進し、開示されている情報に基づき投資家と積極的にコミュニケーションしてその結果を開示しなければなりません。

これにつき、東京証券取引所は、企業支配構造報告書の作成ガイドラインを改正し、「企業支配構造の原則に基づく開示」の部分に、日本企業バリューアップ・プログラムおよび株主との対話の経過を開示している場合には、英文開示の如何および閲覧の方法、開示せずに検討中である場合には、具体的な検討の状況や開示予定の時期等について記載するものとしました。

また、東京証券取引所は、2024年1月15日から個別の上場企業の企業支配構造報告等に具体的な企業価値の向上努力を記載した企業名簿を毎月公表するものと発表しました。これは、上場企業らに対し、積極的かつ実質的な株主価値の努力を求め、これを政府がモニタリングするという意思表明を行ったものです。

 

3. 企業バリューアップ・プログラムの具体的な内容

金融委員会は、今年2月26日にKOSPI・KOSDAQ上場企業全体の①自発的な企業価値の向上、②企業価値優秀企業への投資誘導、③バリューアップ支援体系の構築という3つの枠組みで構成される企業バリューアップ支援策を公開しているところ、その詳細については次のとおりです。

(1) 上場企業における自発的な企業価値の向上

企業は、自ら資本コスト、資本収益性、支配構造、株価等の市場評価を考慮して当該企業の企業価値を分析し、現在の価値が適正レベルであるかを自主的に評価することになります(企業価値の現況診断)。その後、これに基づいて3年以上の中長期的な観点から当該企業に適合する企業価値の目標水準、到達の時点およびその方法等が盛り込まれた計画を策定(中長期の目標設定、目標による計画の策定)することを原則とし、取締役会を中心に計画を立てて履行しなければなりません(計画の履行評価)。

開示の場合、対象の上場企業らは、年1回自社のホームページや取引所に企業価値向上計画を自律的に開示することになります(投資家との対話開示

さらに、政府は、バリューアップ・プログラム参加企業における目標設定の適切性、計画策定の忠実度、履行および株主との対話努力を総合的に評価し、毎年5月に約10社に「企業バリューアップ表彰」を行い、模範納税者の選定優遇等の税制支援、コリア・バリューアップ指数への編入優遇、広報機会等を提供し、開示優秀法人の選定等の評価時における加点付与を行うなどして、優秀企業に対するインセンティブを提供するものとしています。

(2) 投資家の評価および投資への誘導

投資家らの積極的な投資を誘導するため、取引所および関連機関らは、企業価値が優秀または企業価値の向上が期待される企業らを中心とする「コリアバリューアップ指数」を開発し、これに連携したETFを市場で展開していく予定です。

また、上場企業における企業価値向上への努力を投資判断に活用させるため、バリューアップ・プログラムの内容を機関投資家らのスチュワードシップ・コード(stewardship code)に反映する予定であるところ、この過程で年基金(国民年金等)等がバリューアップ・プログラムに参加するものと想定されています。

さらに、取引所等の関連機関は、KOSPI/KOSDAQ上場企業全体を対象に、関連する投資指標を市場別、GICS(世界産業分類基準)別に分類し、5月初旬から比較・提供するものとしています。

(3) バリューアップ支援を専門に担当する推進システムづくり

韓国取引所におけるバリューアップ関連の専門担当部署を新設し、企業価値向上計画ガイドラインをアップデートしてバリューアップのベストプラクティスの検討と市場反応の取り纏めを担当する諮問団を構成するものとしました。また、韓国取引所電子公示システム(KIND)に向上計画に係る統合ホームページを構築し、年度別の企業価値向上計画と投資指標を整理するものの、アクセスの向上に向けて既存の金融監督院公示システム(DART)と関連機関ホームページにもリンクを載せる計画となっています。

さらに、韓国取引所公示規定に基づく上場企業の役職員を対象とした義務告示教育を行う際、バリューアップの内容を教育内容に追加するものの、人的・物的資源が制限される中小上場企業に対しては、それに合わせたコンサルティングと英文翻訳を支援するものとしました。

一方、韓国取引所においては、国内外の投資家との希望企業共同IRを開催し、半期毎に海外ラウンドテーブルを開催する計画であるところ、これにより企業のオンライン広報コンテンツと上場企業懇談会も予定されており、これには配当手続の改善、自社株購入と消却関連の計画開示が含まれます。

 

4. 企業価値の向上(バリューアップ)計画ガイドラインの発表

上記過程の一連として韓国取引所は、2024年5月24日に「企業価値の向上(以下「バリューアップ」)計画」ガイドラインと解説書を確定・発表しました。韓国取引所は、企業価値向上プログラムに対する上場企業の積極的参加をサポートするため、確定・発表したガイドラインを5月27日から施行するものとし、投資判断を支援するためのバリューアップ統合ホームページを開設しており、企業価値向上プログラムに関連するQ&Aおよびバリューアップ報告書の作成例も公開しています。

韓国取引所は、国内外の機関投資家(証券会社/資産運用会社)、上場企業、企業価値向上諮問団等の多様な市場参加者の意見をガイドラインに反映しているところ、当該ガイドラインの核心は、上場企業らの自律性、選択と集中、取締役会の責任となります。企業らは、取締役会の積極的な参加により、自律的に自社の特性に合った計画を策定し、これを通じて企業価値を向上することができ、これは企業における経営効率性を高めるうえで重要な役割を担うものと思われます。企業価値向上を通じて韓国資本市場の再評価を行い、国内外の投資家らの信頼を高めることが、今回のガイドラインにおける最終的な目標となります。

 

5. 企業支配構造報告書のガイドライン改正

韓国取引所は、2024年6月4日、企業支配構造報告書ガイドライン改正案を発表(同年6月5日より施行)し、上記で説明したバリューアップ計画ガイドラインに基づく記載事項の一部を企業支配構造報告書を通じて開示するものとしました。

具体的に韓国取引所は、上場企業がバリューアップ計画を策定して投資家との疎通に活用したのかにつき、企業支配構造報告書を通じて開示するよう企業支配構造報告書ガイドラインを改正しました。これにより企業支配構造報告書の提出義務法人(2024年から直前年度の連結財務状態表基準の資産総額が5千億ウォン以上、2026年から全体の有価証券市場の上場企業)は、2025年の提出報告書からバリューアップ計画の開示の如何とアクセス方法、投資家との疎通の有無等の記載が義務化されます。

韓国取引所によると、このように企業支配構造報告書にバリューアップ計画の項目を新設した理由は、上場企業の企業価値向上に向けた努力を一目で把握できるようにするためであるところ、今後企業らは、バリューアップ計画の開示日程、取締役会の計画策定過程への参加の如何、議論内容を開示する一方、投資家への説明の有無と疎通の日付・チャンネル・対象について明らかにしなければなりません。

 

6. 示唆点

企業バリューアップ・プログラムは、その導入が予定されていた序盤には、国内株式市場で低評価を受けていた所謂低PBR銘柄の株価が上がり、外国人投資家のKOSPI市場への流入が大幅UPするなどの効果があったものの、むしろバリューアップ・プログラムの細部事項が公開された直後には、その効果が相殺されました。これについては、強制性がないだけに、企業における自発的な参加が不可欠であるものの、政府が発表したインセンティブは、企業の積極的参加を誘導するには、多少不十分な水準であるとの批判が出ていた反面、企業バリューアップ・プログラムは、韓国証券市場が抱える慢性的な問題のコリアディスカウント問題を政府レベルで明確に認識し、その原因(問題点)を解消するための本質的な方向性を提示したという点で、結局のところ、長期的な観点においては、韓国証券市場の跳躍に肯定的に作用するという専門家らの意見もあります。

企業としては、本プログラムに関連し、企業価値の向上計画の策定およびその履行による開示イシュー、国民年金等の本プログラムに係る機関らのスチュワードシップ・コードおよびこれによる株主活動に関する事項への対応、関連インセンティブの活用等に向け、本プログラム関連の動向を把握し、追加の細部事項(追加のインセンティブまたは追加の義務開示事項等)をアップデートし、持続的にこれに対する対応策づくりを行う必要があると思料されます。 

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